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tonbo1116

Author:tonbo1116
毎日まったり生きている文化系アウトドア派男子です。
真言宗で、お坊さんとして活動中です。
他にも東京YMCAでボランティアリーダーをしたりしています。twitterもやってます。http://twitter.com/tonbo1116
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最近憤怒の炎と哀しいを感じることがあったので。

色々な要因があるので追々書いていきますが、今回はキャンプを誰が行くのかで選ぶ奴から見える自信のなさについて。

冬シーズンはスキーキャンプの季節。キャンプに行けるリーダーには人数制限があるので、自分の行きたいキャンプやキャンプへの動機を書いた希望書をディレクター(上司)に提出する。

自分がキャンプに行けるか、どのキャンプになるかを待つ感覚は受験発表に少し似ている。そんな不安やドキドキ感がある。

だから、誰がどのキャンプに行くか発表される体制発表まで誰がどのキャンプに希望を出したかはリーダーが集まれば盛り上がる話のひとつだ。

それは話のネタだ。体制が決まるまでの不安定な状況を楽しんでいるに過ぎない。しかし、これをベタに考えている人たちがいる。いや、連中と言ってもいい。

希望書を出すまで、誰がどのキャンプに希望書を出したのかを情報収集し、それから希望書を出す。

そのキャンプに行くかよりも誰とキャンプに行くでキャンプを選ぶ。それもできるだけ自分の居心地のいい人間とキャンプに行けることを。そして、いつも周りの人間の出方を見ているような感じ。

そんな話を聞くたびに「こいつらは本当にプライドばかり高くて自信はないんだな」と実感して腹もたつし哀しくもなる。

プライドと自信は似た考えだが別の言葉だ。プライドは壊されることにおびえる砂上のお城のような脆弱な自己イメージで、反対に自信は自己信頼のことで何度も壊されることによって築かれる土台のしっかりした自己イメージだ。
自信は何度も砂のお城を壊して今ある土台はどんなもんかを確認して作り直すしかない。この経験を繰り返していくうちに、プライドを壊されることを怖がらない態度が身に付いてくる。それが自信=自己信頼があるということだ。

キャンプに誰が行くかを過剰に気にする人たちは自己信頼がないんだろうと思う。周りから変だと思われたくないプライドの高さゆえ、プライドを壊されたくないから見知った人といたいという自信のなさゆえ、過剰に誰がキャンプに行くのかを気にするのだろう。


と書いていても、あまりのくだらなさに怒りも悲しみに変わってくる。別にはじめてばっかのリーダーが知り合いの多いキャンプに行きたいといのはよくわかるし。別に構わない。経験リーダーだって気心の知れたリーダーがキャンプにいて欲しいと思うのは構わない。自分にだってそんな感情はある。

しかし、「経験」リーダーが誰がキャンプに行くかでどのキャンプに行くかを迷うのは、哀しい。

自分の願いのために行動できるくらいの自信を持ってほしいと心から願う。

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DATE: CATEGORY:日々のできごと
いつかTwitterかどっかに書いた気もするけど、まとまって書いていなかったと思うので、書いてみる。

いつかの帰り道にふと思い浮かんだコンセプト。

それが『受け止める神』

全知全能かどうかは置いといて、子どもから大人になる過程で大抵の人は『願いをかなえる神』ってものに疑問を持ち始める。僕もそうだ。どんなに願ったってスーファミは買ってもらえなかったし、どんなに願っても好きなあの子とは付き合えなかった。

じゃあ、神はなんのために存在するのか?

それは受け止めるためだ、というのがいつかの帰り道にふと浮かんだ神の役割だった。

誰にも言えない悩みや人間や社会に願ってもどーしょもない願いを受け止める存在が神なのかと思う。「聞き届ける」も同じような意味かな。

そして、聞き届けられたと思う体験が神とつながる体験とでもいうのかなぁと思う。

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